写真集

ジャンニ・ジョスエ

唐仁原信一郎

藤原敦

岡部文

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[写 真]
唐仁原信一郎「高円寺」
ジャンニ・ジョスエ「カシミール・小さな物語」
藤原敦「軍国酒場」
岡部文「東京パトロール番外編・上野公園」
[編 集] 長谷川 明
[発行者] アスファルト出版
[発行所] フジフィールド株式会社
[翻 訳] Miles Yebisu
[印 刷] 株式会社レーエ

【序文】

今号のゲストのジャンニ・ジョスエ氏は、ユーロの時代らしく「ヨーロピアン」を自称する人なので生年も国籍も不詳とする。

在日経験も長いようで日本語は堪能である。昨年の東北大地震のとき東京から姿を消したので、周囲の者の多くは他の外国人同様恐れて逃げたと思っていたようだが、あにはからんや逆に撮影のため福島に向かっていたのである。

交通機関のないところは徒歩で行ったらしい。私は以前彼のアフガニスタンの写真を見る機会もあったが、これも相当危険な場所に行っている。このようにジャンニは度胸の据わった行動的なドキュメンタリー写真家なのだ。

掲載した写真は2009年に撮影されたもののようだが、長くインド、パキスタン両国が領有権争いを続けるこの地の写真はきわめて珍しく貴重なものと言える。この地域は実効支配圏が存在するだけで、両国の地図も異なる。

しかし、もともと北インドは遊牧民の往来する場所だったから国境というものはなかった。国境が出来るのは植民地時代に入ってからである。国境というものは近代・民族国家の生んだ「病理」と言える。

フランス革命以後、国家という概念が強化された。熾烈な国境争いが繰り返され、寸土のために何万もの人間が死すという不条理が普通のこととなったのだ。本来土地は、そこで生活し生産をしている人のものである。

第一次大戦後、アメリカのウィルソン大統領は民族国家という原則を主張したが、これもむしろ対立を煽る結果となっている。それに次の大戦後も西欧帝国主義国家のやったことは、自分たちの都合に合わせて勝手な国境線を引くことだけだった。

中東の紛争の原因は何よりそのためだし、アフリカには部族社会を無視した直線の国境もある。日本も仮に北方領土が返還されたら、約180万の在日ロシア人を引き受けることになる。

さらにここは農地改革をやっていないから、地主を主張する輩が出てくる。すでに三代にわたってそこで生活していたロシア人に対して彼らは何を言うのだろうか。 地代を払えか出ていけか。また大戦争が起きるとしたら、それは住民を度外視した国家間の国境争いとしてであろうことはまちがいない。

唐仁原信一郎氏の写真は今回は「高円寺」である。JR中央線沿線の町はそれぞれ独特の雰囲気がある。高円寺も阿波踊りで有名なもののライブハウスもあり、多様な人間の存在を感じさせる。 唐仁原氏も自分がギターをひく関係で音楽系の友人が多いようだが、この写真では夜の街並も紹介し、けっこう呑み助の気を誘う。氏の言う「普通の写真」の一例として眺めていただきたい。

藤原敦氏の「軍国酒場」は、彼の祖父の故郷とも言える鹿児島を撮った「南国頌」の一部であるが、最後のアナクロニズムとして面白いので、独立させて掲載した。実は私も学生時代にここに行ったことがある。 当時は軍服に着替えて入ったように記憶する。鹿児島は海軍と関係が深いところで、戦争末期には通信を薩摩弁でやりとりした。米軍に盗聴されないためである。

しかし、アメリカに居た鹿児島からの移民が聞き取った。その人間は戦後自殺している。戦争は悲劇しか生まない。 ただ藤原氏の話ではここが現存する最後の軍国酒場ということだから、興味のある人は今のうちに行かれるといいだろう。

岡部文氏は1972年東京生まれ。個人写真新聞「天晴新聞」を刊行しているまめな人である。彼女の写真の最も優れたところは、作為を感じさせない自然さにある。 撮りたいものをそのまま撮っているようだ。これは写真学校の類に行かず、誰にも教わっていないことがプラスに反映していると言えるかもしれない。

最後になったが本誌「ASPHALT」はこの10号をもって終刊とする。これは実質上のオーナーである藤原敦氏の当初からの意向である。 私は2号から編集長を引き受け、ゴールデン街の同人誌ではなく、世界に通用する雑誌にしようと腐心してきたが、その結果は読者の判断にゆだねるしかない。諸氏からの応援ありがとうございました。

長谷川明

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