写真集

[ ASPHALT2 ]

[写 真]
唐仁原 信一郎「REVISITED」
藤原 敦「跡」
広田成太「異国の祖国」
[編 集] 長谷川 明
[発行者] アスファルト出版
[発行所] フジフィールド株式会社
[翻 訳] Miles Yebisu
[印 刷] 株式会社レーエ

【序文】

写真雑誌 ASPHALT は本誌で二号目となるが、私は編集長を委託されたので簡単な解説を述べてみる。 今号からレギュラー二人、ゲスト一人という体制が確立されたので、これが事実上の創刊号といってもよいだろう。

編集長を引き受けたのは、藤原敦氏の写真を見て多少考えることがあったからである。 それは少し前に韓国のイ・チャンドン監督の映画「シークレット・サンシャイン」を見ていたからである。 この映画は密陽という地方都市が舞台となっているが、どうにも救いようのない話である。 離婚し、幼い息子だけを頼みにしていた女性が、引っ越してきた町で、その子を誘拐され殺されてしまい、 その後の苦悩が描かれている。 私は見ていて、この話どう終わらせるのだろうと思っていたところラストの映像が見事であった。 結局、ずっと心配してくれていた男と一緒になるのだろうという暗示で終わるのだが、 最後の静止ショットは何でもない庭、ゴミが転がっているだけの庭の長まわしだった。 これが平凡ということであり、日常であり、諦めである。私たちはそういう世界を生きているのだ。

本誌の藤原氏の写真を見て頂きたい。ただの街の情景である。美しくもないし、奇矯でもない。 見る人の多くは、だから何なのだと言うかもしれない。しかし、これが写真なのである。 私は三十年以上フォト・エディターとして写真に関わってきた。その結論は、作った写真は駄目だということだ。 目的のある写真(広告、報道、ネイチャーなど)とは異なり、表現という見地から、 この藤原氏の辟易するほどの何でもない写真を評価したのは、そのことによる。とにかく今最もゴツイ写真であることはまちがいない。 お芸術(これは名取洋之助の言葉)ではない。

唐仁原信一郎氏の写真は、生まれ育った立川を撮ったものである。 1972年生まれの彼は、進駐軍時代は知らないはずだが、この空虚な町には今も何かが失われた気配が存在する。 幼い頃見た立川と違っていても、その場所にこだわり続ける意思がこの写真群を構成している。 写真的には、やはり何でもないというスタイルに徹底しているのが特色であろう。 森山大道の反対をやるという彼の言には複雑な意味がこもっていると思うが、 白昼、意味のない所を、あたりまえに撮るという無意味な行為を繰り返すには強靭な精神が必要であろう。 今後の展開に課題が残るが、十分に注目してよいと思う。

チョン・ソンテ(日本名広田成太)氏の写真は、オーソドックスなプライベート・ドキュメンタリーだ。 1972年日本生まれの彼は朝鮮の国籍を持つ在日だが、これは平壌に住む祖母を訪ねたときの写真である。 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)では普通に写真は撮れない。私も経験した。 もっともそれは民主化以前の韓国も同様で、町を撮っていればカンチョー(間諜)の声が降ってくる。 氏がこうやって自然な日常を撮れたのは身内だからである。 女性が立膝で花札をやっているが、立膝は朝鮮では女性の正座のようなものである。 写真の祖母は撮影三ヶ月後に亡くなったと聞く。写真については何も言うことはない。 写真の原点は記録であると言えば十分であろう。

それぞれ視座の異なる三人の写真を一冊にまとめてみたが、 今までの写真集編集の経験から言っても、なかなか手ごたえのあるものであった。読者に共感していただければ幸いである。

長谷川明

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