写真集

桜井永治

藤原敦

唐仁原信一郎

[ ASPHALT3 ]

[写 真]
唐仁原信一郎「REVISITED さらば立川」
桜井永治「開墾の地 北海道 1971-1977」
藤原 敦「跡II」
岡本正史「啄木の風景」
[編 集] 長谷川 明
[発行者] アスファルト出版
[発行所] フジフィールド株式会社
[翻 訳] Miles Yebisu
[印 刷] 株式会社レーエ

【序文】

写真雑誌ASPHALTは本誌で三号目となった。前号はおおむね好評だったようで、さまざまな反響もあった。それに力付けられて今回も解説の筆をとる。

今号でゲストとして来ていただいた桜井永治氏はベテランのドキュメンタリー写真家で無名の人ではない。 山梨県に生まれ、重森弘庵が校長をしていた頃の東京総合写真専門学校の出身と言えばそのキャリアがわかる。 氏は何より「人が生きぬく姿」に関心を持ち、それを終始テーマにしてきたと語る。本当は船乗りになりたかったんですよ、 と言って笑っていたが、今回の写真が貴重なのは1970年代の北海道の鉱山労働者や牧畜労働者の姿が記録されていることである。 九州に関しては炭鉱の没落期に大きな労働闘争があり、社会問題になっただけでなく、 写真においては土門拳らの作品もあって比較的によく知られているが、同様に衰微の道をたどった北海道については記録が少ない。 桜井氏は最初は牧場を撮るつもりで行ったそうだが、目に入ってくる別の物にもカメラを向けたという。 氏の写真の優れている点は「引き」の良さである。 これは映画でも同じで近年のアメリカのアクション(暴力)映画が迫力を出そうとしてやたらアップをするのは下手糞だからで、 実は遠景を撮る方が技量がいる。桜井氏の写真のうまさがわかりにくいのは、普通の人が普通に見たように撮っているからで、 これは本当はいちばん難しいのである。そのことを掲載作品を見て味わっていただきたい。 なお、これらの作品は昨年蒼穹舎ギャラリーで行われた写真展からの抜粋である。いずれ写真集にまとめられることを期待したい。

藤原敦氏の「跡」は前回に続く独特の連作写真だが、実はこの方法論はウジェーヌ・アッジェの方法にきわめて近いのである。 仰天する向きもあるかもしれないが、もし20世紀初頭のパリの風景が美しく見え、21世紀初頭の東京の風景が醜く見えるとしたら、 その人は写真というものを理解していない。写真は何より現実をとらえるものである。 私たちが実際にこういう街に住んでいる限り、そこから目をそらすのは逃避にすぎない。 ナニじっと見ていると、だんだん美しく見えてきますよ、というのは冗談だが、 これらの作品が写真表現のある原点を示していることは理解していただけると思う。

唐仁原信一郎氏の作品は、前回に続いて氏の故郷・立川市を撮ったものだが、今回は人物のスナップを中心にまとめてみた。 非常に自然な、見たままの写真というのが長所と言える。 ところで、前回、彼の病室での写真を巻末に掲載したところ、疑問の声をだいぶ聞いたが、絵画に自画像があるように、 写真にも自写像の伝統はあるのである。近い例をあげると、メイプルソープがHIV(エイズ)で死ぬ直前に撮った自写像がある。 手に髑髏撞(サンスクリットならカトヴァーンガ)を持ち死神のように立つその姿はたぶん彼の最高作であろう。 私が唐仁原氏の提案に乗ったのは、一度やってみるのも面白いかなと考えたからである。

岡本正史氏の写真は一見文学散歩のようだが、彼は本人が言うように、文学青年と写真青年の中間のような存在である。 彼の卒業論文は石川啄木だった。それを写真と文章でやってみたらと勧めたのは私である。 私はあくまで写真を日本の総合文化のひとつとしてとらえているので、狭い写真界に閉じこもらず、外に向かって開きたいのだ。 それはかつて山岸章二(元カメラ毎日編集長)が試みたことだが、大新聞的に有名人に声をかけるのではなく、 私は写真家自身にやらせてみたかった。意図を説明するとこうなる。 この雑誌の今後は未定に近いが、写真の世界に多少の新風を吹き込めれば幸いと思っている。

長谷川明

[ 戻る back ]