写真集

唐仁原信一郎

梁丞佑

藤原敦

飯島望美

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[写 真]
唐仁原信一郎「YOKOTA Friendship Day」
梁丞佑「マニラ」
藤原 敦「鹿児島」
飯島望美「養豚団地に育って」
[編 集] 長谷川 明
[発行者] アスファルト出版
[発行所] フジフィールド株式会社
[翻 訳] Miles Yebisu
[印 刷] 株式会社レーエ

【序文】

今号のゲストはW号に続いて梁丞佑(ヤン・スンウー)氏である。氏が2007年の10月にフィリピンのマニラとその近郊を訪れたときの写真を収録している。

わずか10日足らずの訪問にもかかわらず、その写真は現代フィリピンのある側面を鋭く捉えている。目の良さ、勘の良さは、あるいは荒木経惟氏に通じるものがあると言ってもよいかもしれない。

フィリピンは東南アジア諸国の一員と考えられているが、その歴史は大きく異なる。インドシナ半島の諸国は、インドと中国という大文化圏にはさまれていたため、自らも独自の王朝と文化を古代から発達させたが、 フィリピンが最初に接触した文明国家はスペインであり、16世紀以降19世紀の末にアメリカが干渉してくるまで、その支配下に置かれた。

そのため先住民族もその文化も甚だ特定しにくい。現在のフィリピンはもちろん独立国だが、最大の社会的課題はスペインが輸出商品作物生産のために作った大地主農園(アシェンダ)の地主階級がいまだに政治経済を支配しており、 そこで働く農奴に近い小作農との貧富の差が極端に大きいことである。マルコスもアキノもその改革に取り組んだが、自らも大地主であり、十分に成功したとはとても言えない。

ただ貧困な後進国という目で見られがちなフィリピンのために弁護すると、この国は言論の自由が認められ、政党政治による選挙が行われている民主国家であり、その投票も文字で書いて行われるほど義務教育が普及しているということだ。 これは貧富の格差、治安の悪さ(表紙の民兵は銃を持っている)とは別の問題である。

話は変わるが、今年2010年は将来の日米関係を決定する象徴的な年となったと言える。鳩山民主党政権は、沖縄を代表とする日本における米軍基地の問題について初めて正面からアメリカと議論を試みた。 これは従来の反日米安全保障条約の運動が、60年反安保も70年反安保も野党と市民グループが主体だったのに比べ、与党が率先したのだから画期的なことと言ってよかったはずである。

ところが、それに対するマスコミや世論の反応はどうであったか。どちらも米軍基地の移動や縮小について交渉している自分たちの首相を少しも支援しようとせず、政治と金の話、公約が期日どおりに実現しないという話題に終始し、足を引っ張るだけだった。

鳩山に世論の支持がまったくないことに気付いたアメリカは、日本人の「隷民化」が完成したことに満足して、以後まともな応対をしなくなった。鳩山の服装の趣味の悪さをコラムで嘲るのみとなったのである。 小林信彦氏は、大新聞がこんなに保守化したのは戦後初めてと嘆き、今後は取らないと憤慨していたが(「週刊文春」)、保守化というより「痴呆化」と言った方がよかろう。彼らにとつてはサッカーのWCや高校野球の方が大事なことらしい。

かくして完成したアメリカとのハッピーな関係については、唐仁原信一郎氏の写真「Yokota Friendship Day」をご覧いただきたい。

藤原敦氏の「鹿児島」は前号のつづきである。今回は、祖父藤原藤門氏の遺影も登場する。歌人であった氏が長く教職につかれていたことは前回でも述べたが、それについての短歌を紹介してみよう。

『親なきは産なきは選考に洩れ洩れてよきいくたりの生徒を残す』

これは就職試験のときに、片親や貧家の生徒が不利な扱いを受けていることを嘆いた歌だ。この傾向は今も変わらぬが、戦前はさらに甚だしかった。この歌を見ても氏が熱心な良き教師であったことがわかる。

最後になったが、飯島望美氏は1979年、埼玉県生まれ。共立女子短期大学卒の本誌初めての女流の登場である。彼女の生家が畜産業であることは本人が書いている。 「豚」のシリーズは、本誌掲載作は未発表だが、すでにニコンサロンで写真展が開かれているので、ご存知の方も多いだろう。別に豚に限らず、風景の写真にも特異な才能を示す、今注目の写真家といって過言ではない。今後の活躍が期待される。

長谷川明

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