写真展スケジュール

式島零写真展 「park」
3月29日(月)〜4月10日(土)


式島 零(シキシマ ゼロ)
・photographer
・camera creator

2008年日本写真専門学校夜間部入学
2010年現在在学中
2008年某カメラ修理屋にて、数ヶ月カメラ修理修行をする。
2009年より、独学で自作4x5RFカメラを制作し創作活動を始める。


僕が写真を志した時には、既に写真は真実を写す物とは言えないと言われていた。 一瞬しか記録出来ない写真より、一部始終を記録できるビデオ映像が普及した為だそうだ。 そう先人は僕に教えた。

僕は一時落胆したが、写真は今でも事実は写す事に気付く。 シャッターが開いた一瞬―、フィルムから被写体までの事実を全て記録する。

被写体、背景、ふと射したの光、偶然通りかかった猫や犬、そこにある物全て そして、ミスしたブレもピンボケも、露出の間違いも、フィルム(センサー)の性質的な変化も、 レンズの収差も、何だって全てその瞬間の事実として記録する。

それはデジタルもフィルムも同じだ。 ただありのままに、その時のカメラを通した全ての事実だけを記録する。 ただ事実に意味があるのかは分らない。でも、それは凄い事だと思う。

事実は、ただただありのままの事で、それ自体には何も意味が無い。価値があるかも分らない。 でも写真なんて映画で言うなら一コマなんだから、それで良いんだと思う。 一コマから本編以上の想像をさせる映画はあるが、一コマで全のストーリーが分る映画なんて見た事が無い。

というか、実は昔から写真は事実しか写していないんじゃ無いかと思う。 それを見る者が勝手に真実だと解釈してただけだ。 という事は、写真は何も変わってはいないという事だ。変わったのは写真を捉える、人の目だ。

失われた真実とは情報的な真実であり、写真で言う真実とは事実なんじゃないかと思う。 きっとそちらの真実の方が僕の写真には合っていると思うし、今の僕にとっての真理だと思う。

なのでより事実を明確に捉える為に、情報量の多い大判フィルムを選びシンプルで原始的な自作の4×5RFカメラを造った。